ニズムシルバーアクセサリー

ニズムシルバーアクセサリー

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シルバーアクセサリー、インディアンジュエリーに関してお客様から寄せられた声

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ニズム役立ち情報

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ニズムインフォメーション

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イエローライン

ネイティブアメリカン用語集

ネイティブアメリカン[アメリカインディアン ] の文化、歴史, 芸術に関する用語集。

Bead  ビーズ【クラフト】

ビーズ2 ビーズ ビーズ3 ネイティブアメリカンの工芸、装飾品でもっとも愛され使用されたアイテムはビーズである。ヨーロッパより、探検家や商人などによりもたらされたガラス製のビーズで (ヨーロッパよりビーズが持たされる以前では、彼らは貝殻や動物の骨などを用いて、自分達の衣装を美しく飾っていた)大型のものはポニービーズ、刺繍のためのびーずは小さくシード(種)ビーズと呼ばれた。シードビーズの色は様々であるが、ネイティブアメリカンが最もよく用いたのは、赤、黒、黄色、青、薄青、濃青、緑、薄紫である。 東部森林インディアンは花柄を、平原インディアンは幾何学模様が一般的であるが、平原クリーク族や平原アパッチは花柄を多用するなど、ビーズ細工のモチーフは地域により異なった。北方平原部族のビーズ細工が広い部分をびっしり覆うのに対し、カイオワ族、シャイアン族、コマンチ族、などの南方の部族は軽い飾り方をした。ビーズを施す方法は、皮や布に刺繍を施すときは[オーバーレイステッチ方]を、幾何学的な図案を刺繍するには[レイジーステッチ法]を用いた。オーバーレイドステッチの場合も同じであるが、彼らは糸を革の裏まで通すことはせず、革の中を通すくけ縫いをした、(ニズムターコイスでも実際刺繍をすることもあるがさほど難しい技術ではない)またベルトや腕輪などは布や皮にびっしり刺繍をするよりは、ビーズそのものを織りこんで制作をした。

ピースパイプ [Peace Pipes] 

ピースパイプ ネイティブアメリカンにおいてははピースパイプと呼ばれる平和と有効のシンボルとされているパイプが有名である。 西部劇などで白人の敵の将と酋長でパイプを互いに回しあう映像などがみられたが、敵との和議の場以外でも様々な儀式や会議などでも使用された。 またタバコを吸うといった行為は少なからず宗教的な意味を持つこともありスー族などは伝統的な儀式において不可欠な道具とされている。

ビーバー戦争

ビーバー戦争 ビーバー戦争(英:Beaver Wars、またはフランスとイロコイ族の戦争(French and Iroquois Wars)、またはイロコイ族戦争(Iroquois Wars))は、17世紀半ばに北アメリカ東部で戦われた一連の残虐な戦闘の総称である。 イロコイ族は領地の拡張を求め、またヨーロッパ市場と西部の五大湖地方の種族との間の毛皮など貿易を独占しようとしていた。
毛皮の中でも特にビーバーの毛皮が珍重され、紛争の種になったので、戦争の名前に付けられた。この紛争によってイロコイ連邦の民族同士の争いになりアルゴンキン語を話す五大湖地方の大部分の種族をモホーク族が支配することになった。
→イロコイ戦争を参照

「ビーバー戦争」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。2007年10月22日15時

ピクォート族 [Pequot]

アルゴンキン語族に属するネイティブ・アメリカンである、ピクォート族は主にアメリカ東部の森林地帯に定住し狩猟採集と小規模の漁猟で暮らしていた。 17世紀初頭、ピクォート族の副酋長だった親英派のアンカス(Uncas)が、ピクォートから離れモヒガン族を結成。 イギリスから来た清教徒の入植者はピクォート族が住む近くに入植してきた。最初は平和な条約を結び、品物交換などしたりして平和に共存していたが、入植者はピクォート族が住むテリトリーにさらに入植していった。そしてピクォート族はナラガンセット湾とコネチカット川に追い詰められている事にすぐに気付き、入植者とピクォート族との関係は悪化して行った。 そして1人のイギリス人入植者が殺害された時に、殺しの犯人は実はピクォート族の者ではなくイギリス人入植者だったのに、ピクォート族に殺されたとして一方的に訴えられた時に、ピクォート族の怒りが頂点に達した。1636年に入植者側が殺した容疑者を差し渡せと要求したがピクォート族がそれに応じなかったため、翌年の1637年に入植者達はピクォート族と対立するモヒガン族とナラガンセット族の援助を受け、ピクォート族の村を襲い、大勢のピクォート族を殺害し村を崩壊させた。これはピクォート戦争と呼ばれ、600人居たうち、500人のピクォート族が殺された。 植民地政府は生き残った少ないピクォート族のメンバーをミスティック川沿いに移住させたが、ピクォート族の人口は増えず、20世紀後期には約200人まで減少し、白人政府はこれを絶滅部族とした。 1983年に部族員が再結集して、ピクォート族の再認定を粘り強く要求。絶滅を取り消し再認定される。

「ピクォート族」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。2007年10月23日15時

ピクォート戦争 [Pequot War]

ピクォート戦争 1637年、ジョン・メイソン隊長率いる軍隊とナラガンセット族によってアメリカコネチカット州に移住するネイティブアメリカンのピクォート族800人程が殺され、村が焼かれた事件。 争いの原因は、その時期土地をめぐる白人とインディアンの争いが熾烈を増している中、一人のイギリス人が殺されたことがきっかけである。 殺され、迫害を受けたその多くは女性や子供など非戦闘員だった。生き残ったピクォート族の人達は幾つかのグループに別れて逃げたがほとんどのピクォート族は捕まり、殺されたり、奴隷として売られりされた。ピクォートの酋長は逃げられたがモホーク族に捕えられて殺されてしまった。ピクォート族は事実上根絶近くに追い遣られた。そしてピクォート族の土地は全てかつてピクォートの酋長に支配されていたモヒガン族に占領された。

ピクリス・プエブロ 【部族】

ピクリス・プエブロ ニューメキシコに住むプエブロ19部族の1つ。”絵を描く人々”との名を持つリザベーションは14,980エーカーの土地を持つが人口は2〜3百ほどである。この地に紀元前750年頃から住み着いている人々でかつてはプエブロの中で最大の人口を擁していた。人口減少の原因は1680年のプエブロの反乱にある。クラフトとしては雲母を含んだ土で作り上げられる独特の風合いを持つ”陶器”が有名である。

ヒシ(ヒーシー)[heishi] 【クラフト】

ヒシ サントドミンゴ族独特のアクセサリーの技法で石や貝など(マザーオブパール、カメオシェル、オリビアシェル、メロンシェルなど)の素材を円版状にカットし、研磨したものを、ビーズのように加工をし、何連もつなぎ合わせたもの。 ネックレスやブレスレットが有名である。様々な素材を使って繊細で色鮮やかな作品は美しく、気軽に身につけられ、ファッショナブルであることから、最近日本でも人気のインディアンジュエリーのひとつとなっている。

ビスビーターコイズ [Bisbee Turquoise]

ビスビーターコイズ ビスビー鉱山はアリゾナのビスビーの近くにあります。アメリカにある鉱山の中でも最も知られているものの1つで、最も早く市場に出回ったトルコ石であるという理由からでもあります。ターコイズを排出する鉱山はビスビーの銅山の一部で、主に銅が産出されています。ビスビーは硬い石として知られ、ブルーで綺麗なスパイダーウェブを持つ石として有名です。ほとんどのトルコ石は彫りつくされているためにコレクターの興味をそそるターコイズの1つとなっています。

ヒダーツァ族 [Hidatsa]

ヒダーツァ 別名でミニタリー(Minitari)又はフランスの猟師により、グロス・ヴァントレ(GrossVentre、同名の部族も存在する)と呼ばれていたが、部族自身は「元の人々」を意味するNuxbaagaと呼んでいた。現名のヒダーツァは「ヤナギの人々」を意味し、ヒダーツァ族の村名だった。 アメリカ合衆国ノースダコタ州の平原地帯に定住するインディアンの部族であるヒダーツァ族はマンダン族とアリカラ族と共にMHAの自治体を結成している。 ヒダーツァ族はマンダン族と同部族で両部族の言葉、ヒダーツァ語とマンダン語はスー族の方言に近い。生活もマンダン族の様に農作物はトウモロコシを中心としており、他に豆やカボチャも耕作する。陶器を作り、男は平原でバッファロー狩りをする。サンダンスは部族の重要な儀式の踊りである。ヒダーツァ族の住居はアースロッジと呼ばれる土屋根の巨大なドーム型住居だった。19世紀の間に天然痘などでヒダーツァ族の人口は500人に減ってしまったが、1990年頃には1,500人いて、2000年の人口調査では約625人だった。

「ヒダーツァ」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。2007年11月22日15時

ピマ族 【部族】

ピマ族と、彼らと密接な関係をもつ隣人で従兄弟分にあたるパバゴ族は、有史以前に広大な灌漑用水設備を作った古代のホホカム族 ――〈消え去った者たち〉―― の末裔だと考えられている。ユト・アステカ語族の一員であるピマ族は、ヒーラ川とノルト川に近いアリゾナ州南部に住む。ほとんどのピマ族は、マリコパの共同体に属する人々と共に、現在はアリゾナ州のヒーラ川保護特別保留地で、サカトンに司令部を置いて、住んでいる。

ヒューロン族

ヒューロン族 ヒューロン族はオンタリオ湖の周辺およびヒューロン湖、ジョージアン湾とシムコー湖の間に生活していた。17世紀初期の彼らの人口は2万〜3万と推定されていた。彼らは釣りや農耕で生活を立て、西洋人(フランス人など)に毛皮を売る目的で狩猟を行った。ヒューロン族の文化は彼らの最も近い隣人イロコイ族(最もインディアンらしいとされる部族である)と類似していた。彼らは動物にちなんで命名された8つのトーテム氏族に分類される(トーテニズム)。 8つの動物は亀、狼、熊、ビーバー、鹿、鷹、ヤマアラシ、蛇。ヒューロン族はロングハウスで暮らし、この共同住居には、複数の家族が家事を分担し、所有物を共有しながら、生活を共にした。ヒューロン族は周辺を柵で囲むことで自分たちの町を強化したがイロコイ族による侵略によって多数の命を奪われ暮らしていた土地から西方へと追いやられた。

ビラグローブ [Villa Grove ]

ヴィラグローブ ビラグローブTurquoiseはかつてアメリカで取れる石の中で最もすばらしい石といわれていました。 生き生きとした紺碧の表面に金色に近い茶色のスパイダーウェブ模様が愛好家達に好かれている。

ピルグリム・ファーザーズ

ピルグリム・ファーザーズ ピルグリムファーザーズ (Pilgrim Fathers, Pilgrims、巡礼始祖の意) は、アメリカに渡ったイギリスの清教徒(ピューリタン)である。 16世紀、イギリスのエリザベス1世がイギリス国教会を確立したが、17世紀にかけて、教会の改革を主張する清教徒が勢力を持つようになり、特に国教会からの分離を求めるグループは分離派と呼ばれ、弾圧を受けていた。信仰の自由を求め、亡命した清教徒を含む102人がメイフラワー号に乗ってアメリカに渡った。メイフラワー号船上での「メイフラワー誓約」は社会契約説に基づくものとして知られる。1620年アメリカ大陸に到着したピルグリムは、理想的な社会を建設することをめざした。植民地をメイ・フラワー号の出航地プリマスに因み、ニュー・プリマスと名づけたとよく言われるが、1614年頃の地図にその名が出ている。偶然、同名の地に到着したのである。 入植当初の状況は厳しく、半年で半数程が病死したが、先住民ワンパノアグ族の協力を得て、ニュー・プリマスはやがて、発展するニュー・イングランドの最初の植民地となった。 しかし後に、ピルグリムとインディアンとの間でトラブルが起きたりして、インディアンと戦闘なども起きた。ワンパノアグ族の酋長マサソイトは平和と友好を保つためにピルグリムと条約を結ぶが、ピルグリムはこの条約は彼らインディアンの土地を自分達が領有して入植してもよいと言う神の暗黙の許可であるとも解釈もしていた。そのため、ピルグリムは入植地を拡大しようと、まず1630年にマサチューセッツ族が住む土地に進入し、ピルグリムの白人が持ち込んだ天然痘により、天然痘に対して免疫力があまりなかったマサチューセッツ族のほとんど多くの者は死んでしまった。1636年には1人のピルグリムの白人がピクォート族に殺された事が切っ掛けで起きたピクォート戦争が翌年の1634年に起きた。ピルグリムは殺した容疑者を差し渡せと要求したがピクォート族がそれに応じなかったため、ピクォート族の村を襲い、大勢のピクォート族を殺害し大集落を崩壊した。しかしピルグリムの白人殺しの犯人は実はピクォート族の者ではなくピルグリムの白人であった。さらに、平和の条約を結んでいたワンパノアグ族とも悪化していった。ピルグリムが「フィリップ王」と呼んでいた、マサソイトの息子でもあった、酋長メタコメットが父マサソイトが結んだあの条約は結局は部族にとって不正であり、ピルグリムは自分達、部族の土地を奪っているとし、1675年にピルグリムのプリマス入植地を攻撃してフィリップ王戦争が勃発した。この戦争により周辺部族も巻き込み、1676年に終結するまで、ピルグリムとインディアンの両方共に多くの犠牲者が出る悲劇をもたらした。

「<ピルグリムファーザーズ」『フリー百科事典 ウィキペディア』(http://ja.wikipedia.org/)。2007年10月22日15時

シルバーアクセサリー、インディアンジュエリー制作について

ニズムのシルバーアクセサリーは制作、販売をはじめて25年以来、トルコ石の選定、削りだしなどを含め、手作りで制作をしております。インターネットでご注文になれましたシルバーアクセサリー、インディアンジュエリーも全てニズムの職人だけの手により(外注は一切しておりません、ターコイズは直接北米にて買い付けを行っています)製作されたシルバーアクセサリーは厳しい検査をの後お客様に届けられます。そのためご注文いただいてからお手元に届くまで少しの時間をいただくことを御理解ください。ジュエリーによりますが10日前後余裕を持ってご注文をお願いいたします。詳しくは”確認メール”に手お知らせいたします。

シルバーアクセサリーで使用するシルバーについて

ニズムのシルバーアクセサリー(インディアンジュエリー) はシルバー925で製作されています。 シルバー925とは、一般的にスターリングシルバーとも呼ばれ特にシルバーアクセサリー好んで使われる素材です。純銀[シルバー1000]はとても柔らかく、銅などの金属を7.5%ほど混ぜてアクセサリーに耐えうる強度としたもので一般的には[純銀]として扱われています。 シルバーの愛すべき性質は空気に長く触れていると”酸化”して[イブルなどといいます]シルバーの表面をなんともみりょくてきな表情にしてくれます。私達の愛してやまないシルバーアクセサリーの魅力はまさにここに尽きると思うのです。⇒シルバー925の話

トルコ石(ターコイズ)について

特にインディアンジュエリーや手作りアクセサリーで強い存在感を与えるトルコ石はその鉱脈によってさまざまに呼ばれ、世界中[中東、中国、オーストラリアなど]で採掘され,種類は100種類を超えます。ニズムはそのほとんどを年に1、2度アメリカで買いつけてきます。ニズムでシルバーアクセサリーにセットするトルコ石(ターコイズ)は、[スリーピングビューティー、ターコイズマウンテン]、マトリクス(模様のことです)では[ターコイズマウンテン、#8]を中心に削りだしています。ちなみにシルバーアクセサリーでは中東のターコイズ、インディアンジュエリーにはアメリカ(北米)のターコイズがベストだと思われます。⇒トルコ石(ターコイズ)の話

同じように見えるシルバーアクセサリーやインディアンジュエリーが何故こんなにも値段が違うの?答えは簡単で、大量生産りされるシルバーアクセサリーと手作りアクセサリーの違いなのです。理解を深めて頂きたく[手作りシルバーアクセサリー講座]が登場しました、ニズムで購入されたあなたの作品(シルバーアクセサリーやインディアンジュエリー)はこうやって制作されています。 是非覗いてみてください。画面をクリック!

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